EIJI.COM  最近思うこととか、なんかしら気づいたこととか。そんことを書いていけたらいいかな。
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「河原町の朝」
2008-12-14 Sun 23:52
 河原町に朝早く出かける。人通りは少なく、あの狭い河原町の道が広く見える!こりゃ奇跡だね。最近は派遣社員を切りまくって街に人が少なくなったってニュースで見るけど、こんな感じか?まさかね。おいおい、失礼だよ、そんな風に言ってはね。

 僕が朝の早くにここにいるのは、本屋(ジュンク堂)に用事があったからでして。しかしその本屋はなんと11時から!おいおい、事前に調べようぜ、そういうことはさ。まあいいや。

時間を潰そうと思って喫茶店を探す。行き付けのあそこは・・、んーカウンターしかないし長く居るのはマスターときまずいしやめようか。じゃ、あそこは?あそこは椅子が低すぎて窮屈だからなぁ。

と、いうわけで新しく喫茶店を発掘しよう、素敵な喫茶店を。まあだいたいいい喫茶店なんて、大きな道通りにはないんだし、狭い道を探ろう。
 そんなことしながらフラフラしていると、外国人のカップルがチャリンコで走っている。いいねーナイスカップル。しかし賀茂川を走ればいいのに・・、なんてお節介なことを思ったり。

 歩き疲れたところで、いいところが見つかった。そこでモーニングを出してもらう。

 え?ナイフとフォークでモーニング?・・・・箸は?

 あーそうか。箸では「朝ごはん」になってしまうんだっけ。まったく気障なマスターがいるもんだ。流れている音楽も、まあマスターの趣味なんでしょ。付き合いますよ、あなた様の趣味に。それに意外としっくりくるじゃない。こういうありきたりの曲。パンチ効いてない曲。

 ようやく洋風の朝ごはん・・・失礼、モーニングを食べ終え、コーヒーに。

 うーん。微妙。。こういう少しこったコーヒーは苦手だな。肩こりそう。やっぱジョージアのカフェオレが口に合うなぁ。田舎育ちの俺にはね。まあいずれにせよ、もう少し歳とればまた趣味も変わるだろう。

 しかし、落ち着くね。俺以外誰も居ない。死ぬほど落ち着く。あぁ、久しぶりだな。こんな落ち着いてるなんて。こういう気分の時は本を読みたくなるね、さわやかなエッセイが。誰かいい作家紹介くださらないかしら。

 お、そろそろ本屋が開くな。行くか。

 しかし最近の俺は、本を古本でなく新書を買うようになった。贅沢だねぇ、まったく。しかし、新書を買いに行くときは気持ちが高ぶるね。へーこんな本あるんや!という出会いを期待して。

 まあいろいろ買いました。村上春樹の「意味がなければスイングはない」の文庫本。これは音楽好きなひとは面白い、と予想します。でも最近の村上春樹は少し変わったかな。読んでいて、文章にリズム感というか、やさしい音楽を聴いているような心地よさみたいなのが減ってきている気がする。俺だけか?

 そんなこんなで、もう昼過ぎ。外へ出ると、もう河原町はいつもの騒がしい町になったね。

 

 しかし久々に書いた。昔の文章とどこか変わったかなぁ。自分じゃわかんないや。

 最近ある人に言われたよ。あなたは学生時代を美化して、社会人になってから描いた絵なんか否定するけど、私は今の絵の方が好きってね。

 学生時代に描いた絵は、今に比べてミスにかなり寛容で少し線を失敗しようが、あまり気にせずとりあえず完成してから合否出す感じだったけれど、今は少しのミスが気になり完成まで到達できない。

 まあ続けますよ、絵はね。

 また気が向いたら更新します。おやすみ。


 
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「なんか久々」
2008-03-12 Wed 22:32
ルネサーンス!(髭男爵風)

久々の更新だ。そういえば、周りの友人のブログも更新されなくなったな。
もうブログブームは、終わったのかも。。

話は変わって、私、体重が+15kgとなりました。メタボリック?みたいな。昔着ていたTシャツが。。
うーん、着難い。。

まあ、運動してないし当然やろ、もうええわ、と思っております。

最近は平凡の中にすら、平凡を見つけれるくらい、平凡です。

あー怖。

まあ仕事はがんばってますよ。品質記録を常に疑い、記入ミスに神経を尖らす。

あー性格変わりそう。

「お前、細か!!」

って言われないよう、仕事は仕事、それ以外は、大雑把でいこうかな。

これ、忘れない、誓うあるよ。
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「クリスマス」
2007-12-25 Tue 23:56
 去年の今頃の状況と、それから一年経た今の状況は、うむ、やはり変わった。それは去年の今頃には想像できないくらいの変化だ。満たされないと諦めていたコップには、また違う何かが注がれたし、そして、注がれたことで、深く沈殿してしまった古く腐りかけた僕の感情は、”それ”により幾分中和され、それが注がれた分だけコップの外へ流れ出た。

 僕のコップに入る量は常に一定で、中身が違うだけだ。何かで満たされていても、また違う何かが注がれ、そして一定量を越す大きな流れの場合には、すでに満たしているものをも道連れにし、流れ落ちる。もうこれ以上いらないよ、って言ったところでね、しょうがないよね。

 逆に何かの拍子で失ったものは、その分だけまた違う何かを受け入れる器へと変わる。それは知らないうちに、また望まないのに、僕は受け入れることになる。

 一年前頑なに拒んだ理不尽な事も、満ち足りることを諦めた思いも、何かに形を変えて今僕の近くにいる。協調という名の道化も、今の僕には似合う気さえする。

 明るく未来へ手を伸ばす思いも、いつの間にか、このままでいたい、という思いに変わり、その影に隠れた白けた自分や、やりたいことってなんだっけ?って、とぼける自分。

 「つまんねーよ!!!」

 いつの間にか言わなくなった。
 
 今の仕事をやってみよう、って思えるからかもねぇ。

 さぁて、クリスマス。ケーキ買ってきて、砂糖でできたサンタさんの横にでも、ロウソク立ててみよう。

 ああ、クリスマス。街がいつもこんなに綺麗ならいいのになぁ。
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「Ol''55」
2007-09-06 Thu 02:00
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 僕は、人間が自分とは違う人の事、を書いた文章が好きだ。

 そこには必ず自分(作者)が経験した事を踏まえて、人の事を書くからだ。僕はそういう人間の行為が、とても美しいと思う。だって、いくら想像したところで、きっとそれは、想像でしかない。いったい誰が、自分とは違う人間の気持ちを正確にわかるのだろうか。はかなく終わるであろう、蛍の光のような思いやりの気持ちは、とても美しいのだ。

 そんな蛍の光を、僕は必死になって追い回したこともあった。そしてそれと同じくらい無視もした。無視をすることで、幾分救われたこともあったし、大きな罪悪感が体の底から湧き出てきたりもした。そして、その2つの繰り返しが、意味もなく続いた。

 僕は歳を重ねるにつれて、もうそんなことに拘らなくなった。それは無意識の世界で繰り広げられる取捨選択であった。そしてすぐに、一体自分にとって何が大事で、どういうことなら目を瞑れるかという、すでに自覚ある行為へと変わった。

 でもそんな理屈のような事を、いとも簡単に乗り越える手段がある。それは僕にとって、サッカーであり、音楽であり、小説である。それらに関わると僕の精神は開放の扉へと流れていく。その流れを断ち切ろうとすれば、すぐに体に異変が起こる。特に危険なのは、僕が学生時代に愛した音楽と小説である。これに触れてしまうと、もう僕が僕であるという自意識が、大きな権力を持ち、すぐに自分自身を裁こうとする。とても危険なこの裁判は、ある時東京で行われた裁判と同様に、結果ありきの裁判になってしまう。僕はその裁判の行方を、ただただ沈黙をもってのみ、見つめるしかない。結局僕は、自分自身にのみ裁かれる。それを望む。

 彼女の存在は大きかった。僕と両親の間に広がる、それはすでに運河となり得そうな溝を埋めたのは、彼女だ。彼女がその間へと足を踏み込んだ。僕はそれがうれしくてたまらなかった。僕がめちゃくちゃな社会人生活を送っている中で、会社と僕とをなんとか繋ぎ止めるのも、彼女だ。なぜなら、僕が会社で問題行動を起こそうものなら、会社の上司は早々と彼女へ連絡を入れる。彼女の働く美容室の電話番号も、もうおさえている。そして会社の上司の本音を聞くのも彼女からだ。昔僕は、男には、男同士で本音を語るタイプと、異性にのみ本音を語る、2種類の男がいると思っていたが、違った。全ての男は、異性にのみ本音を吐き出すのだ。全ての女の人が、男の本音を引き出す能力を生まれながらに持っている。

 僕が手に触れたいと思う自分自身の幻影は、蛍が飛び立った後に残る光の残像のように、淡い光を僕の目の前に残した。僕はその光の幻影に手を伸ばした。しかし、手には何も触れなかった。幾度も僕はその光の幻影に手を伸ばした。力強く何度も握り締めた。手には、力のやり場を見失った感覚だけが残った。手には無意味な汗が、滲んでいる。
 
 その光の幻影は、いつも僕の手を伸ばす指先の、ほんの少しだけ先にあった。

(注)村上春樹の短編小説「蛍」を、引用した箇所あり。
 
 

 
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「システムコンポ」
2007-08-11 Sat 10:05
 学生の時の一人暮らしは、部屋以外全て共同であったためか、自炊する時は片付けながら料理するという習慣が自然と身に付いものです。同棲をする彼女は、どうも食事を終えてから片付ける様であるが、どちらが早いかはすぐに分かるはずでしょう。

 もう長い付き合いであったCDMDデッキがとうとう故障してしまった。もう彼はCDを読めこめなくなった。

 新しく同じ型のデッキにしようかと思ったが、どうせなら高音質のシステムコンポにしようと思いさっそく買いに行く。

 そこで私がシステムコンポを選んでいると、どうもウロウロする私が気になったのか、中年の店員私に視線を向ける。

 「すみません。このデッキは少し値段が安いですが、音質はどうなのでしょう。」

 と僕が言う。

 「そうだねぇ、音質で言うならこっちのシステムコンポの方がずいぶんいいよ」

 店員はそういって、実際にこの2つの製品の違いを僕に熱弁する。まあその話をまとめると、こういうことだ。

 音質と言ってもなかなか違いを説明しづらいが、音量を極大や極小にした時に十分鮮明に音が生きている製品は音質がいい。しかし、そうした時に音が潰れてしまうものは、どうも悪い。店員はしきりにこの違いを熱弁する。しまいには、お客さんは音を確認もせずに買ってしまうんだよ、と苦笑い。

 結局、僕はKENWOODのシステムコンポにした。試聴した時にまずピアノの音が、ものすごく綺麗だった。奥のほうで篭もらず、それは広がるような低音を出すことができるコンポなのだ。きっとJAZZが好きな人は楽しめると思います。

 村松隆というピアニストの「あの日、君が言いたかったこと」という曲はとてもいいですね。

 少し長いです。

 仕事の話。ある部長が、いつものように喫煙所で煙草を吸っていると、僕の目を見てこういう。

 「たまにねぇ、私のやっていることなんて、なんて無駄なことなんだ、と思うことがあるよ。」

 「・・・・・」

 このおっさんは、ビックリ、こんなことを言い出したよ。ってうか当たってるぞ。とても的を得てる。

 「・・・・・無駄だなんて、それは言いすぎちゃいますか・・」

 僕は煙草を消して、自分のデスクに帰った。無駄か、、皆そう思うんだな、部長も例外じゃないんだなぁ、と思った。

 ある小説の中に、こんな風に書いてあった。資本主義の経済は無駄があるからこそ成立するんだ、と。例えば飛行機を作る。日本で作れば精度の高い高品質な飛行機が安く作れる。しかし、その飛行機を外国で高い値段をかけて作るという無駄なことをすれば、その無駄な分、人間がまた裕福になる、という風に。

 あの部長の言った無駄とは少し意味が違うけれど、もし人間の行為から無駄を省いてしまえば、僕らはとてもつまらない日々を送らなくてはいけなくなる。音楽もきっと無くなるだろう。

 
 
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